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「現代語訳 学問のすすめ」(ちくま新書)福澤諭吉 齋藤孝 を読んだ感想その2

殿様の物好きで建築をしたり、役人の勝手で必要もないことをやったりする。無駄に金を使って必要な金が不足したなら、いろいろ理由をつけて年貢を増やし、これを「御国恩に報いる」と言ったりしていた。

(略)たしかに、このように心配もなく生活しているのは、政府のおかげ=「御恩」なのだ、というつもりなのだろう。たしかに、このように安心して生活できるのも、政府の法律があるためだが、法律を作って人民を保護するのは、もともと政府の商売であって当然の責任である。「御恩」などと言うべきではない。

29p


無駄な箱物を作って政府が批判されるのは今も昔も変わらないですね(笑)。役人の勝手で必要もないことをするのも変わっていませんし、無駄に金を使って財源が不足したら理由をつけて増税するのも変わっていません。政府とは常にそういうものであるのかもしれません。


私はこれを改善するための策として、ベーシックインカムが使えると思っているのですけれど、実際のところはどうなのでしょうか。現在フィンランドで実験が行われているそうなので、良い結果を期待したいです。



国の法律がどのようなものかということも知らず、自分の仕事の責任というものも果たさず、子どもは生むけれども、その子どもをきちんと教育するというやり方も知らない。いわゆる、恥も法も知らないバカ者である。その子孫が繁栄したとすれば、この国の利益にはならず、かえって害をなすものとなろう。

31,32p


こういう人は一定数いるので、仕方ないと思います。現在は賢い人が増えて少子化になっているので、子孫が繁栄しなかったことでこの国に害が及んでいる気もします。


私は国の法律がどのようなものか多少は知っていますが、自分の仕事の責任は果たしていません。申し訳ありません。おそらく私の子孫は繁栄しないので、許してください。(_ _;)



 このようなバカ者は、とても道理をもっては扱えない。不本意ではあるけども、力でおどし、一時の大きな害をふせぐほかにやり方がないということになってしまう。これが世の中に暴力的な政府がある理由である。わが国の旧幕府だけでなく、アジア諸国はむかしからそうであった。
 そうだとすると、ある国の暴力的な政治というのは、暴君やとんでもない官僚のせいばかりではない。その大元は、国民の無知が原因であって、自ら招いたわざわいとも言える。

32p


ここでのある国とはおそらく中国のことを指していますが、今はむしろフィリピンのほうが当てはまるかもしれません。一切隠すことなく犯罪者を殺しています。諭吉さんによると、これは国民の無知が原因であって、自ら招いたわざわいだそうです。国民の皆さん、勉強しましょう。



 人民がもし暴力的な政治を避けようとするならば、いますぐ学問を志して、自分の才能や人間性を高め、政府と同等の地位にのぼるようにしなければならない。
 これが、私のすすめる学問の目的である。

32,33p


才能や人間性を高めるには学問を志せ、と言っています。ここでいう学問は、学校の勉強だけでなく、生きていくための勉強も含まれています。生きていくための勉強の足りない私は、バカ者に分類されること間違いなしです。


学問のない人間は政府と同等の地位にいないので、私は政府に文句を言う立場にいないのかもしれません。働いてから言え、ということですね。


私はこれに反論します。社会的な構造によって弱者になっている人間は一定数いるので、弱者・学問のない人間でも政府に文句を言っても良いと思います。文句を言うのは自由です。


同等の地位にいない人間の声にも耳を傾けるのが、国の役割ではないでしょうか。


内閣府によると、現在若年無業者は約60万人います。60万人の声を無視するのはいかがなものでしょうか。福澤諭吉先生。




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