「現代語訳 学問のすすめ」(ちくま新書)福澤諭吉 齋藤孝 を読んだ感想その15

 また、誹謗と批判とは、非常に区別しがたい。他人に難癖をつけるのを、誹謗と言い、他人の迷いを晴らし、自分が正しいと思っていることを主張するのが批判ということになってはいる。

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これですね。 https://togetter.com/li/958541


 しかし、絶対の真実がこの世の中でいまだ発見されていない以上は、どの議論が正しくてどれが間違っているのかは決められない。正しい正しくないが決まらないうちは、仮に世間の多数決によって一応の正しさとするべきだろうが、何が多数意見なのかを明らかに知ることすらも、たいへん難しいのである。
 したがって、他人を誹謗する者に対して、ただちに人格的に問題があるように言ってはいけない。それが果たして誹謗なのか、それともきちんとした批評なのかを区別するには、まず世界中の真理を得なければならない。
 以上のほか、驕りと勇敢さ、粗野と率直、頑固と真面目さ、お調子者と機敏さはペアになっているものであって、どれもみな場面と、程度と、方向性によって欠点ともなるし、美点にもなるのだ。

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以前、ネガポ辞典というアプリが話題になりました。 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%AC%E3%83%9D%E8%BE%9E%E5%85%B8


女子高生が考えた、ネガティブな言葉をポジティブな言葉に変換できるアプリです。よくできているなぁ〜と思いました。


短所を長所に言い換える技術は、就職の面接対策で必ず使います。私の場合は、積極的に行動できないという短所だったのて、冷静に物事を判断することができるという長所に言い換えていました。


"面接で短所を聞かれたら、短所を答えた後に反対の長所も付け加えて言う"というテクニックは、就活生全員使います(笑)。必ず習います。面接官の方はあまり聞いても意味がない質問かもしれません。


この記事でもおなじことが書いてありました。https://www.wantedly.com/companies/Supership/post_articles/52240


短所と長所の話を求人応募者から聞き出すのは難しいですね。


たとえば、他人の幸福と自分の不幸を比較して、自分に不足があれば、それを改善して満足するという方法をとらずに、かえって他人を不幸におとしいれて、それによって自分と他人を同じ状態にしようとする。『論語』に「これを悪んではその死を欲す」という言葉があるが、まさにこのことだ。このような者の不平を満足させようとすれば、世間一般の幸福が減るだけであって、何の得にもならない。

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これは本当に迷惑です…。誰も幸せにならない…。


こういうことをする人は、どういう考え方で行動しているのでしょうか?私は他人に対する憧れとかほぼないので、足を引っ張りたいという気持ちがまったくわからないんですよね。足を引っ張るくらいなら自分のためになることをやりたいです。


人の不幸話が面白いという気持ちはわかります。しかし、人を不幸にして快感を得たいという気持ちは理解できません…。


他人を不幸にしても自分が幸せになるとは思えないです。他人を不幸にしている自分に、嫌悪感を抱いたりしないのでしょうか。


理解できない…。






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