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「殺人犯はそこにいる」(新潮社)清水潔

社会のこと

これは"北関東連続幼女誘拐殺人事件"を追ったジャーナリストの本です。


本はとても面白かったです。内容はノンフィクションなのですが、まるで小説を読んでいるかのようなストーリーでした。圧倒されました。

特に、隣接する警察のほとんどは仲が悪い。県境の川で浮かんだ水死体を県警同人、竹竿で押しつけ合う映画のシーンなど見たことがないだろうか。面倒な事件はお隣にお任せしたいし、すぐに解決できそうな事件なら奪いあう。各県警の関係がそういうものであることは、長年現場にいれば自然とわかることだ。


これはある程度仕方のないことだと思います。これを改善させるのは難しいと思います。


しかも、このMCT118法はその後データベースのサンプル数が増えていくにつれて何やら危うげなことになっていた。出現率が変化しているのだ。犯人の血液型と「16-26」型を持つ者は逮捕当時「1000人に1・2人」と言われていたが、それが93年になると「1000人に5・4人」とトーンダウンしている。4倍強である。菅家さんの弁護団の試算によれば、同じ型は足利市内だけで200人以上もいたはずだという。


驚きました。科学が絶対ではないということですね。現在はかなり改善されたDNA判定を行っているようですが、当時の技術はまだまだ未熟なものだったそうです。


実際会ってみればわかる。自転車で通勤し、幼稚園バスを運転して、缶コーヒーが好きで、たまに寅さんやエッチなビデオを見る……私やあなたとさして変わらぬ、どこにでもいるようなおじさんだ。そんな普通のおじさんを、司法とDNA型判定は殺人犯に仕立てあげたのである。


ジャーナリストの執念を感じました。1人の人間が国家権力に立ち向かい、誤りを認めさせる。感動するストーリーでした。


事件、事故報道の存在意義など一つしかない。被害者を実名で取り上げ、遺族の悲しみを招いてまで報道を行う意義は、これぐらいしかないのではないか。再犯防止だ。


事件や事故のニュースを見るたび、毎回"何を受け取ればいいのかわからない"と思ってしまいます。「こんな事件が起きました」…「被害者はこんな人でした」…「加害者はこんな人だと思われます」…被害者のプライバシーの問題もよく話題にあがりますし、犯罪者でない人をあたかも犯罪者であるかのように報道する問題もあります。テレビで報道されないニュースがネットで議論になることもあります。誰が得をして誰が損をしているのでしょうか。いつも考えさせられます。


頼んだ塩ラーメンが運ばれてくると、スープをおいしそうにすすった。一口食べたその感想は、どんなベテランレポーターも決して真似などできないものだった。


これは印象に残りました。たしかにベテランレポーターには真似できない感想でした。




"これがジャーナリストだ!"と叫びたくなるような本でした。

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